「もはや戦後ではない」のか
「もはや戦後ではない」。
1956年の流行語だが、別の意味で、「もはや戦後でない」のかもしれない。
今年は「戦後70年」だが「戦前X年」かもしれない。
『抵抗の拠点からー朝日新聞「慰安婦報道」の核心』(青木理著)を読んで感じた。
メディアを他のメディアが「売国奴」などの言葉で罵る様は異常だ。
しかし私には薄ら寒く感じるけれど切迫した恐怖感はない。
直接危害を加えられたり、罵られたりしていないからかもしれない。
山田洋次監督映画「小さいおうち」のあるシーンが思い浮かぶ。
主人公タキが書き始めた自叙伝には、
山形から上京し、女中奉公先の東京郊外にあるサラリーマン宅での出来事を、
活き活きとした青春時代として振り返り
「あの頃が自分の人生でいちばん華やいでいた」と記されていた。
これを読んだタキの兄弟の孫に当たる青年が
「おばあちゃん何言ってんの、2.26事件のあった年でしょ、
華やいでいたなんておかしいよ。日本は中国と戦争してたんだよ」
タキ「支那事変は昭和12年。あんたがくれた年表に書いてあったよ。その前の年のことだもん」
青年「事変なんてきれいごと言ってるけど戦争なんだよ。
あのねおばあちゃん、15年戦争って言って日本は5年も前から戦争してたんだよ」
タキ「ウソなんか書いてないもん」と言い放つ。
そうなのだろう、米・英との開戦5年前。
国民の多くは戦争の惨禍が自分に及ぶとは思ってもみなかったに違いない。
吉永小百合さんは、出演映画の記者会見で、
戦後70年の節目の年に公開されることについて、
「私は『戦後何年』という言い方が好きです」と言っていた。
その時は深く考えなかったが、
戦争をしていないから、戦後○○年という表現が共通認識となる。
アメリカのように、第二次世界大戦後も朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、
アフガン戦争、イラク戦争としょっちゅう戦争をしていたら、
「戦後」という概念はないだろう。
それとも南北戦争をメルクマールとするのだろうか。
そんなことを考えたりしていた。
統一地方選挙が始まっている。
昨年の総選挙では自・公が圧勝したわけではないけれど、
改憲勢力が国会の大多数を占めている。
この統一地方選挙で、戦争をしたい人たちが議席を増やせば、
「国民の信を得た」と強弁し、戦争立法→改憲と一気に進めてくるだろう。
そのための国民投票法は既に成立しているのだから。
今年を「戦前X年」にしないためにも、
戦争立法に反対し憲法を守る勢力を大きくしなければならないと思う。
地方議会の選挙であっても、
「戦争への1票か」「平和への1票か」が問われている。(伊丹市M)